みなさま、こんばんわぁあです
昨日冒頭に、風邪っぽい話を書いていましたが
仕事中夕方からめちゃくちゃ寒気がして
家に帰って、熱を計ったら38℃…
しんど過ぎて、唸りながら横になるも
夜には38.5℃に上がり、食欲もなし…
相方が帰ってきてから
あれやこれやと看護してくれて
少しは元気になりましたが、今は38℃です
本当に相方の優しさが身に沁みる
ありがたいです
今日病院行って
コロナとインフルの抗原検査をするも陰性
風邪の薬だけもらってきました
2週間前と同じですわ…なんなんでしょね

2月某日
ワタシの住むところは
雪が積もるどころか、降ることもないのですが
何年振りかで積もったので
はしゃいで、より雪が深そうなところまで
ドライブしてきました
一応、先に説明しておきますと
うちの車は、秋田の豪雪でも大丈夫な
四駆のスタッドレスタイヤ装着
さらに寒冷地仕様の車です

やってきたのは
奈良・桜井「談山神社」です
最初の写真の石灯籠は
元徳三年(1331年)の刻銘があり
後醍醐天皇の寄進という由緒正しいものです
過去にも友達や相方と
何度か来たことがあります
紅葉がとってもキレイな神社です
↓2017年のブログ↓

手水舎の杓子にも雪が積もってます
ひゃーーーつめたいつめたい

さて「談山神社」の歴史を少し
一応きちんと整合性を確認したいと
HPを拝見したら
わかりやすく、且つ
情景が浮かびそうな文章だったので
そのまま載せておきます
飛鳥・法興寺で行われた蹴鞠会において出会った
中大兄皇子 (後の天智天皇)と中臣鎌子(後の藤原鎌
足)が、藤の花の盛りの頃、当社本殿裏山で極秘の
談合をされました。
『多武峰縁起』によれば、「中大兄皇子、中臣鎌
足連に言って日く。鞍作(蘇我入鹿)の暴逆をいか
にせん。願わくは奇策を陳べよと。中臣連、皇子
を将いて城東の倉橋山の峰に登り、藤花の下に撥
乱反正の謀を談ず。」と記されています。この談
合により、皇極天皇4年(645)飛鳥板蓋宮で蘇我入
鹿を討ち、中央統一国家及び文治政治の完成とい
う歴史的偉業を成し遂げられました。
多武峰はこの後、談峯・談い山・談所が森と呼ば
れるようになり「大化改新設合の地」の伝承が残
りました。現在の社号の「談山神社」もここから
きています。
天智天皇8年(669)10月、鎌足公の病が重いと知っ
た大皇は自ら病床を見舞い、後日、大織冠内大臣
という人臣の最高位を授けられ、藤原の姓を与え
ました。藤原氏は、ここから始まります。鎌足公
の没後、御墓は摂津国 阿威あい山(現在の大阪府
高槻市)に造られましたが、白鳳7年(678)唐より帰
国した長男・定慧和尚が鎌足公の遺骨の一部を多
武峯山頂に改葬し、十三重塔と講堂を建立して妙
楽寺と称しました。さらに、大宝元年(701)方三丈
の神殿を建て、鎌足公の御神像を安置しました。
これが談山神社の始まりです。

鳥居をくぐると140段の石段です
権禰宜の方々が、積もった雪を履いていますが
それが逆にツルツルと凍って滑る…笑
ちなみにみんな愛想無しでしたねー
なんでこんな日に来るんだって感じでしょうか💦
他にも参拝に上がってる方も沢山いたのに
なんだか残念な感じでした

なかなか積もってますね
でも10センチには足らないかな
それでも珍しいことです
白い雪と、朱塗りの「神廟拝所」がキレイですね
神廟拝所は、定慧和尚が
白鳳八年(679年)
父・鎌足公供養のため創建した妙楽寺の旧講堂で
現存のものは寛文八年(1668年)の再建です

左は「末社・総社拝殿」
右側のは「権殿」で
天禄元年(970年)に
摂政右大臣藤原伊尹の立願によって
創建されたもので
現存のものは室町後期の再建です
室町の頃にここで盛行した
芸能「延年舞」というのが有名だそうです
どんなものか見てみたいですねぇ

雪と、椿の花もキレイです


談山神社の見どころのひとつ
「十三重塔」です
藤原鎌足公長子・定慧和尚が、父の供養のために
白鳳七年(678年)に創建した塔婆で
現存のものは享禄五年 (1532年)の再建ですが
木造十三重塔としては
現存世界唯一の貴重な建造物です

手水舎、珍しいかたち
翼を広げて、どっしりと座っておられる
鶴でしょうか…?




こちら「談山神社 本殿」です
上段写真の左側の建物です
藤原鎌足公をまつる旧・別 格官幣社
大宝元年(701年) の創建で
聖霊院、多武峯社とも言われます。
現在の本殿は嘉永三年(1850年)造替のもの
朱塗極彩色でとてもキレイですよね


「談山神社 拝殿」は
永正十七 年(1520年)の造営で
中央の天井は伽羅香木でつくられています
普段は扉が開けられ、東西透廊や
眺めの素晴らしい景色が見られるのですが
雪のため閉じられており、中も真っ暗…
明かりのついた展示品のみチラ見してきました
まあ、何度も見たことあるので…まあいいか…

雪景色を楽しみに来たので
お外をウロウロします

奥には、小さな滝があり
岩の上には祠があります
HPによると
この瀧と岩くらは
古神道の信仰の姿を今に残した霊地だそうです
この瀧は、大和川の源流の一つで
神聖な神の水が
古よりずっと湧き続けているのだそうです
岩上のやしろは
飛鳥時代に大陸から龍神信仰が入ってきて
わが国の水神(たかおかみの神)と集合し
龍神社と呼ばれるようになったのだとか

こちらは「閼伽井屋」
元和五年(1619年)の造営です
この中の井戸は「摩尼法井」と呼ばれ
往古、定慧和尚が法華経を講じたとき
龍王の出現があったと伝えられています


なんかHP読んだら楽しくて
色々書き過ぎたな
そろそろ終わろう

雪景色見ながら、おうち帰ります

鹿さんいっぱい
ではでは
今日も、読んでくださって
♡ありがとうございました♡

































































