続キロクマニア

おいしいもの たのしいこと まいにちのきろくです

大覚寺に行ってきましたよ

みなさま、こんばんわぁあです

 

今日は朝から洗濯いろいろ

お天気が良いと、いいですね

なんか、色々

考えたり、考えなかったり

 

どこかの家から

リコーダーを練習する音が聞こえてきた

よろこびの歌、だな

 

 

3月某日

京都市内に来ていたので

どこか、2人で行ったことがないところ

行ってみましたよ!

 

今回は「大覚寺」です

 

門前の駐車場に停めるとお札がもらえます

これを持って参拝し

中の「五大堂」に納めると

交通安全のご祈祷をしてもらえるそうです

 

 

梅の花がキレイに咲いてます

 

今回は大覚寺の中にある

梅園がお目当てだったんですが

受付で聞いてみると

どうやら見頃は終わっているそうで…

 

今回は境内の参拝だけにしました

 

 

ではでは、行ってみましょう

大覚寺」は

平安時代嵯峨天皇が檀林皇后と成婚し

新室である離宮嵯峨院を建立したもの

天皇崩御後の876年に

お寺に改められ

大覚寺と名付けられたそうです

 

なのでお寺というよりは

豪華絢爛さが残されている旧御所です

 

 

入り口には

低く大きく作り込まれた松の木

これは、「臥竜の松」

地面を低く這うような松が広がっていて

遠目に見ると、盛土と芝生のように見えます

 

 

大玄関に置かれた

九曜菊紋入り輿です。

 

九曜菊は後宇多法皇所用の紋で

寺伝では

後宇多法皇が乗られた輿だそうですが

あるいは後に復元された物かも?

 

後宇多法皇は、大覚寺中興の祖として知られ

弘法大師を深く信仰し

伽藍の整備にも大きな功績を残した方だそう

 

後ろの屏風は

狩野永徳が描いたとされる

「松に山鳥図」ですが、複製かな

本物は収蔵庫に閉まってあるようです

 

 

こちらは「宸殿」です

前面の庭には白砂が敷かれていて

右側に「右近の橘」

左側には「左近の梅」があり

御所の名残があります

 

この時期、橘も少しあり、梅も咲いていて

とても良かったです

 

 

江戸時代、御水尾天皇より外賜された建物で

徳川二代将軍秀忠の娘・東福門院和子が

女御御殿として使用していたものだそうです

なんとも豪華ですねー

 

 

入口の篰の留め金には

蝉の装飾があるということでしたが

うまく見つけられず…

 

でもところどころに

蝉の模様がありましたよ

 

 

襖絵は

狩野山楽によって描かれたという

牡丹、紅白梅、松や鶴など

豪華絢爛です

複製ですがねー

 

 

色々な建物は、渡り廊下で繋がってます

 

 

こちらは、「村雨の廊下」

宸殿と心教前殿をつなぐ廊下で

天井は刀や槍を振り上げられないよう

低く作られていて

床はうぐいす張りになっているそうです

 

 

「霊明殿」かな

ここには行けません、多分

 

 

こちらは

「勅封心教殿」

大正14年に建てられたもので古くはありません

奈良・法隆寺の夢殿を模していて

八角形なんです

 

中には

嵯峨天皇や、光格天皇などの

般若心経の写経が納められているそうで

勅封写経は天皇により封印され

60年に一度だけ開封されるそうです

 

あのね

「心教前殿」と繋がってるんです

紐が…なんていうんでしょう、この紐

 

 

「心教前殿」から

石舞台、そして、向こうは「勅使門」

遠くにあってあまり見えませんけどね

 


そして、「五大堂」で

最初の駐車券(お札)を納めます

五大堂は江戸時代の天明年間創建で

大沢池がよく見えます

開放感があって、気持ち良いです

 

ちなみに隣の「安井堂」内部は撮影禁止で

写真は無しです

 

 

カモちゃんたちが、のんびり

可愛らしいですね

 

京都・奈良には沢山のお寺や神社があり

それらを思うと…

有り難みが足りない感じでしたが

大沢池は良かったです

 

ではでは

今日も読んでくださって

♡ありがとうございました♡